オレたちのファミコンヒストリー

かつて日本の「いい時代」とされている80年代は少年達にとってもまた「いい時代」でした。
それはめちゃくちゃファミコンが面白くて、毎日ときめいていたからかもしれません。

裏技にときめく

「ファミマリーコンピュータマガジン」通称、「ファミマガ」。
80年代キッズが毎月貪るように精読していた"御用達雑誌"です。
コンビニのファミマとほぼ同じ発音のため、"ファミマが云々"というコンテクストで話されるのを聞くたびに一瞬ときめくことがあります。
全盛期には100万部近くの発行部数があったそう。
まず真っ先に見るお楽しみは「裏技特集」じゃなかったですか?
やってみた裏技を数えあげたらキリがないけど、裏技の宝庫スーパーマリオブラザーズ(以下:スーマリ)の裏技をひとつふたつを回想してみると、ひとつはあれだな、「変な面(ステージ)」になるやつ。
手順はまず、
ファミコン本体のスイッチを切らずに「スーマリ」カセットを引き抜く。
次にぜんぜん違うカセットをセットして、数秒プレイした後そのまま引き抜く。
再度「スーマリ」をセット。
以上、随分とガサツな方法ですが、こうすると誰もみた事のない面が展開されて、我々80'sキッズば狂喜乱舞してました。
そういえば「キンタマリオ」というのもありましたね。
マリオを地下の面の天井に登らせて、保有コインのアイコンにかぶらせ十字キーの「下」をプッシュすると、マリオがしゃがみます。
すると金色のコインがマリオの股で光るというくだらない裏技です。
でも今になって思うのは、こんな低級裏技のほうが、なぜか印象に残っているものなんですよね。

高橋名人」に憧れる

間違いなくスーパースターでした。
そして「名人」といえば全国の少年たちが震撼した、あの大事件を忘れることはできません。
ひとつは高橋名人vs.毛利名人
詳しい経緯は覚えていませんが、当時のファミコン界の双璧による世紀の対決が、少年達のバイブルコロコロコミックで発表されたのです。
その後コロコロ誌は毎月両名人の動向を随時報告して、読者のテンションを上げていきました。
ちなみに私が誌面の内容で今覚えているのは、高橋名人がスイカを粉々に破壊していた写真だけです。
で、決戦場所は青山こどもの城
地方在住の少年にとっては途方もない、夢のような場所でした。
でも大人になってからは、青山通り面した「こどもの城」の前を何度も通りすぎています。
数十年前にあったことの結末がどうなったのか、私は実は知りません。
そして
衝撃的だったのはむしろこちらの方でしょう。
言わずと知れた高橋名人16連射偽証疑惑事件」です。
これも突然降って湧いて出てきたようなスキャンダルでしたが、80'sキッズたちにとっては計り知れないディープインパクトでした。
全国の小学校の各クラス単位で代表者をひとりを選出。
そいつが「ハドソン本社」へ電話をして事の真相を確かめるということをやってました。
とにかくハドソン社に小学生からの問い合せ電話が殺到したらしいことはたしか。
でも結局真相はわからず、この案件はいまだ未解決のままなのです。

16連射超え」を競う

ファミコン本体に接続できる派生商品もたくさんありました。
例えば、当時の高橋名人の影響力は絶大だったので、その名人が愛用していたジョイスティック」はマスト。
文字通り平面にボタンがあるのではなくスティックタイプのコントローラー。黄色いボディと黒いスティックがクールでした。その後名人の16連射が簡単に再現できるということで「ジョイカードで「ジョイカード」」という16連射機能が標準装備されたツールが登場。
それを使って「スタソルスターソルジャー: シューティングゲームの名作。バイ、ハドソン。)」やった時はあまりの16連射体験に感動しました。
でもすぐに慣れてしまいましたけど。
16連射といえば、自分の連射スキルが測定できる「シューティングウオッチ」(シュウォッチ)」ってやつも大人気でした。
やがて16連射以上を追求することが目的化していき「打つ」から「こすり」など の様々な手法が開発され、人類はついに20連射以上まで到達したんじゃなかったかな。
どうでもいいことですが。

すべてはファミコンから始まった

時が過ぎて、21世紀は素晴らしい世界になりました。
なぜならSNS高橋名人と直接つながることができるようになったからです。
子どもの頃の夢がいとも簡単に叶ってしまうんですからすごいことです。
そんな子供のころの記憶にアクセスできるツールがファミコンです。
あの頃はあってあたりまえの存在で文字通りの"ファミリー"でした。
今見ると赤と白のデザインが美しい。
ほとんど「重要文化財」レベルです。