東京ありがた記

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小津映画から学ぶこれからの在宅時間の過ごし方3選

小津安二郎監督の作品に『お早よう』というちょっと変な映画があります。これまで何度も鑑賞しているこの作品ですが、2020年の在宅の中で見返してみると意外な気づきがありましたのでご紹介します。

 

『お早よう』は1950年代の映画です。どこかの郊外にできた新興住宅地で暮らす人たちの窮屈なコミュニティを描いています。奥さま方の神経戦と昭和キッズの謎の遊びを軸に物語が展開していきます。

仕事は「信頼貯金」で回っている 
 リモートワークでの業務は各自がこれまでに積み上げてきた個人の信頼性を使って行うことに気づかないといけない。これを「信頼関係の貯金」と呼ぶ。どういうことか?

 例えばアナタが誰かに業務上での協力を求めたとする。その時相手がまず思うのは協力内容ではなくアナタに対しての印象だ。好印象であれば気持ちよく引き受けてくれるだろう。だが悪印象を持たれていたのであれば断られる可能性が高くなる。

 つまり相手はアナタの信頼性を元に対応を選ぶということだ。その際どちらにしろアナタの「信頼貯金」は引き出されてしまうが、信頼の有無によって残高の減り具合が全然違うことは言うまでもないだろう。

┃雑談はコミュニケーション
 信頼貯金の形成に必要なのは実は「雑談」だ。日頃から雑談というかたちでコミュニケーションを取っておくことで、信頼貯金が少しずつ増えていくのだ。

 雑談によって仕事をする仲間の今の状況、価値観や働き方を自然と理解していくことができる。そうすると自然と助けを求めやすくなるし、「あの人に相談してみよう!」といった連携のきっかけにもなる。

例えば、アナログのチカラを見直すきっかけを得たことだ。私たちの世界はデジタル機器によってめちゃくちゃ便利になっている。ところが最近の私たちの生活の中でマスク、手洗いといったアナログの重要度が増している。

 

そしてあいさつの大切さも忘れてはいけない。とはいえ映画で子供たちが言っていたように実はあいさつなんてムダなものなのかもしれない。実際母親たちの雑談を年柄年中見聞きしていたら子供がそう思うのも不思議じゃない。

 それでもあいさつはムダではないと思う。コミュニケーションの始まりはいつもあいさつからだからだ。 しかしどんどん忙しくなっていった私たちは長い間あいさつの価値を顧みることがなくなっていた。その代わり何か別のの物に価値を見出そうと躍起になっていやしなかったただろうか。

 あいさつがないからコミュニケーションが始まらない。お互いのことがよく理解できない。今そんなディスコミュニケーションの影響が社会に出ててきているのではないだろうか。

 

┃アナログ回帰で得る豊かさがある。

 アナログにはデジタルにない魅了がある。『お早よう』は1950年代末の物語で洗濯機やテレビがトレンドの先端だった。もちろんデジタルとは程遠い昭和レトロなアナログ機械だ。炊飯器も機械化されていたが、炊いたごはんを入れるのはおひつだった。

映画はおひつがまるで何かのアイコンの様に配置されたり出演者が持ち歩く。 おひつからご飯をよそって食べるシーンを見ると、私はそのおひつのフタを開けたときの蒸気と薫りを感じることができる。そのご飯の味を味わうこともできる。なぜなら私もおひつを愛好し毎日おひつごはんを食べているからだ。

木曽さわらでできたおひつでまわりは銅のタガでしまっている。映画のおひつと偶然同じものだ。ご飯からはさわらの木の薫りが漂い味わいはしっとりとしていてほのかに甘い。食事の楽しみはこれだけでも毎日増えるのだ。


ある朝の風景。画面右下のおひつはきっと5合。

┃井ステイホーム、井ステイシンキング

映画の終盤で初老男性の定年にまつわるエピソードがある。それまでご婦人方の社交や子供たちの珍騒動だった物語がふと立ち止まったような瞬間だ。笠智衆の家に定年退職した近所の男が訪ねてきた。再就職をしたとのことだった。男が帰ると傍にいた妻が呟く。

──うちも、そろそろ考えとかないとねぇ。

──ん〜、、、。

笠智衆は沈黙する。

 2020年は多くの人が一旦立ち止まった。その分時間が増えた。その時間を何に使うかは人それぞれだ。これは定年退職後の疑似体験と言えないだろうか。そしてとても貴重な体験だ。だって少し先にあった定年後の世界をだいぶ遡った今に経験できるなんてちょっとない。だから時間をかけてよく考えた方がいい。ヒマだなんていってると“本番“でもきっとヒマになるだろう。今でも色んな情報に影響を受けて動揺しているのだから将来もきっと同じく動揺するに違いない。

 まずは心の持ちようだ。心を整えなければならない。どんなに時代を経ても価値の変わらないものに触れるといいと思う。 だから私は小津安二郎の映画をおすすめする。《おわり》

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