オアシスが大好き、ありがた記管理人です。
英国には第二の国家というのがいくつかあるといいます。
オアシスの『Don't look back in anger』もそのひとつだそう。
それだけではありません。
2012年のロンドンオリンピック閉会式では『Wonderwall』がスタジアム全体を揺らしていました。(リアムなどオアシスの残党による演奏でしたが)
その礎はすでに90年代のたった3枚のアルバムでほぼ築かれていたと思っています。
検証していきましょう。
オアシスのすべて
今から紹介するアルバムには当時のオアシスのノリが色濃く反映されています。
1枚目は、ロックンロールスターになりたかった頃。
2枚目は、ロックンロールスターに駆け上がった頃。
3枚目は、ロックンロールスターになって慢心していた頃。
ちなみに、アルバムを「枚」と数えるのは当時CDやレコードでオアシスを聞いていた世代だからです。そこのところよろしくお願いします。
『ディフィニトリーメイビー (Definitely Maybe)』
1994年リリース、オアシスのファーストアルバムから、バンドが成功してやがて大きなオアシス産業に変貌していく過程について。
『モーニンググローリー (〈What's the Story〉Morning Glory?) 』
1995年リリース、オアシスのセカンドアルバムから90年代の英国の雰囲気とSNS時代以前のバズり方について。
- 90年代の英国のJKに絡まれた話
- ネブワースのライブ
- あの日を回顧するノエルギャガー
『ビーヒアナウ(Be Here Now)』
1997年リリース、オアシスのサードアルバムにまつわる大騒動について。
90年代当時の日本のロックキッズの行動様式から音楽業界のマーケティング力まで。
- オアシスの新作発売は大事件だった
- 『ビーヒアナウ』ざっくりレビュー
- オアシスと日本のおいしい関係
オアシスと武道館
1998年の武道館ライブのビフォーアフターについて。
当時のチケット入手法をドキュメント的に紹介しています。
今にしてみると、全てにおいてとにかく古風。
- チケット争奪戦第一ラウンド@窓口
- チケット争奪戦第二ラウンド@現場
- 敗者のライブ観戦記
その後のリアムギャラガーのことも語らせろ!
最後にせっかくなので。
オアシス解散後のリアムギャラガーに興味がなかった元90年代ロックキッズたちに向けた記事です。
ズバリ、今のリアムギャラガーはありです!