9月のことを考える
9月という月は、特別なテンションを持っている。真夏の狂騒から抜け出した人々は、徐々に現実に戻り、少し冷静になり始める。身体はまだ夏の余韻を引きずっているが、頭の中ではもう秋のことを考えている。気温は次第に落ち着き、夜になると涼しい風が肌を刺す。だが、それは心地よさというより、次第に忍び寄る孤独感に近いものだ。
まず、いいところから話そうか。この時期は、やっとまともに外を歩けるようになる。真夏のあの地獄のような暑さが和らいで、夜になると涼しい風が吹く。何でもない夜の静けさが、妙に心地よく感じられる。
そして収穫の季節が訪れることもいいところだ。市場には新鮮な果物や野菜が並び、特に秋の味覚は豊かで、体を癒してくれる。食べることは、ある種の救いであり、日々のストレスから逃れる一つの方法だ。美味しいものを食べることは、短いけれど確かな幸福感をもたらす。それは、欲望に忠実であることの証明でもある。
だが、9月というのは台風のシーズンでもあることを忘れてはいけない。自然の脅威がいつ襲ってくるかわからない不安が、人々の心に重くのしかかる。家が壊れるかもしれない、街が水に沈むかもしれない。そういった現実の可能性が、平穏な日常を脅かす。
そして、夏の終わりが持つあの妙な虚無感。楽しい時間が過ぎ去り、次に何が来るのかわからない不確定な未来が待っている。 でも、終わりがあるからまた次が楽しみになってくる。こういうことはどこかでしっかりケジメをつけておかないとずるずると気持ちが続いてしまって何だか次に進めないものなのだ。 静けさの中に隠れた騒がしさと、平穏の裏に潜む不安定さ。 自然の流れに逆らわずそのすべてを受け入れるながらうまく乗り越えていくと秋がやってくる。だから9月というのは、季節の準備期間みたいなものかもしれない。何かを終わらせて新しい何かを始める。そんなタイミングを教えてくれる月なのだと思う。