外国人観光客を笑わせる日本のコンテンツを紹介
観光客なんてのは、基本的に情報の塊だ。どこで何を食べるか、何を見て何を感じるか、すべて事前に調べて計画を立てている。だから、彼らを笑わせたいなら、予測できない瞬間を提供するしかない。
例えば渋谷の雑踏の中、あなたの目の前に観光客らしき金髪のカップルが立ち止まり、地図アプリを覗き込んでいる。彼らはたぶん「Shibuya Crossing」を見に来たのだろう。それは彼らの「日本の体験」に不可欠な一部だ。でも、それだけじゃ足りない。何か、もっと生々しい日本が必要だ。
あなたは二人に近づき、突然「ねぇ、ここで迷っているのか?」と英語で声をかけた。彼らは驚いた顔をして振り向いた。「そうだね、少し迷っているかも」と男が答えた。あなたはニヤリと笑って、「じゃあ、案内してあげるよ。ついてきなよ」と言って歩き出した。
まず連れて行った先はなんともレトロな雰囲気の喫茶店だ。昔ながらの音楽が流れているなか、店員が笑顔でメニューを渡してくれる。カップルの二人はメニューを開いてみると、「ナポリタン」「クリームソーダ」「プリンアラモード」と、なんだか懐かしい響きのメニューがずらり。でも、ひとつだけ妙なメニューが。
「タコさんウィンナーサンド」
二人は顔を見合わせて、「タコさんウィンナーって何?」と不思議そうに囁き合いました。でも、興味本位で頼んでみることに。数分後、愛想の良い店員が運んできた物を見て、二人は思わず声あげた。
皿の上には、小さなタコさんウィンナーがパンにはさまれて、しかもそのウィンナーがちゃんと足を広げて立っている。「これは…見たことない!」と、男は大笑い。写真を撮りまくり、その可愛さに大喜び。
次に連れて行ったのは、渋谷の雑居ビルの奥にある小さな立ち飲み屋だ。もちろん観光ガイドには載っていない。タバコの煙と焼酎の匂いが漂い、カウンターには常連客が肘をついて飲んでいるような場所だ。観光客の二人は目を見開いていた。まさか、こんなところに連れてこられるとは思っていなかったのだろう。
「ここで何か飲んでみるか?」あなたがそう尋ねると、彼らは少し躊躇したが、やがて男が「Sure」と答えた。あなたは「梅酒ソーダ」を注文し、彼らにも同じものを勧めた。彼らは一口飲むと、その甘さとアルコールのバランスに驚いたようだ。「これ、美味しいね!」女が笑顔で言った。
その後、我々三人はしばらく飲みながら、店の常連たちの会話を聞いていた。彼らは酔っ払っていて、くだらないことを笑いながら話している。それを聞いているうちに、観光客の二人も次第にリラックスし、笑いがこぼれ始めた。「こんな場所があるなんて、想像もしていなかった」と男が言った。
あなたは「日本は、こういう隠れた一面がたくさんあるんだよ」と言って、最後にささやかなサプライズを用意した。あなたがポケットから取り出したのは、駄菓子の「うまい棒」。彼らに手渡し、食べてみろと勧めた。彼らは戸惑いながらも「うまい棒」をかじり、そのチープな味わいにまた笑い出した。
「予測できない日本を楽しんでくれよ」とあなたは最後に言い残し店を出た。
渋谷の街は相変わらず混沌としていた。見ず知らずの日本人であるあなたに誘われてその混沌の中に迷い込んだあの観光客の二人は、まだうまい棒を笑いながらかじっているだろう。
花火大会の記憶
花火大会。群衆が集まり、空に打ち上げられる爆発に目を奪われる。でも、そこに何がある?一瞬の光が広がり、消えていくだけだ。記憶に残るのは、その光景じゃない。むしろ、終わった後の虚無感だ。
あの音と光が何かを象徴していると信じたい人もいるだろうが、結局のところ、それは一時的な現実逃避に過ぎない。無駄に高い屋台の食べ物、汗でびしょびしょの体、そして最後には疲れた顔で帰路に着く。これは一体何のための行為なんだ?自己満足か?それとも、何かもっと深い意味を探そうとする無駄な試みか?
花火大会に参加することで、何かが変わるとでも思っているのだろうか。現実は変わらない。音と光が消えた後、そこに残るのは、変わらない日常と、同じことを繰り返す自分自身だ。それでも、毎年毎年何度でも足を運ぶのはなぜだろう?それは、何もないことを確認するためか、それとも、何も変わらない現実に対するささやかな抵抗なのか。
祭りの後のあの帰り道は、特にそう思う。みんながさっきまで見ていた光がもう消えてしまったことを知りながら、なんとなく無言で歩いてる。それぞれの心の中に、小さな残像がちらついているのがわかる。だけど、それは誰とも共有できない、個人的なものだから、余計に切ないのかもしれない。
とはいえ私は花火大会が嫌いでもあり同時に好きでもある。それは、多分、私がまだ何かを求めているからなんだろう。あの一瞬の光にすがりつくように。
熱中症の対策4選
あえての「暖かい飲み物」
熱中症への対策というのは、どこか人生の課題に似ているのかもしれない。予測不可能な暑さに直面したとき、僕たちはまず冷たい飲み物を手に取る。しかし、実はその冷たい一杯が、僕たちを一瞬だけ救い、その後、じりじりとさらに深い暑さに引きずり込むことになるかもしれない。
そう考えると、温かい飲み物を選ぶというのは、最初は奇妙で腑に落ちない心持ちになりそうだけれど、時間が経つにつれて、実はそれが一番理にかなっていたと気付くはずだ。ゆっくりと、体の芯から発汗を促し、わたしたちの体が本来持つ自然な冷却機能を呼び覚ます。
あえての「ぬるま湯」
そして、冷水ではなくぬるま湯でシャワーを浴びる。これもまた、わたしたちが目の前にある解決策に飛びつかず、じっくりと時間をかけて問題に向き合う姿勢に似ている。冷たいシャワーが一時的な快楽を提供する一方で、ぬるま湯は穏やかで持続的な効果をもたらす。それは、過ぎ去った夏の午後のように、静かにわたしたちの体を冷やしてくれる。
人体に塩は欠かせない
また、適度な塩分補給。人生の中で欠かせないバランス感覚と同じように、塩分は体内のリズムを整え、熱中症から守ってくれる。あまりに多すぎても少なすぎてもいけない、その微妙なバランスが、わたしたちの内側を支えている。
帽子をカスタマイズ
帽子の内側に冷却剤を忍ばせる。それは、まるで心の中に秘密を抱えながら、外見は何も変わらないように見せる行為だ。冷却剤は外から見えないけれど、その冷たさは頭をすっきりさせ、熱中症を防いでくれる。
避難場所の確保
最後に、日陰を作るという行為。わたしたちの人生の中でも、時には自分だけの避難場所が必要になる。パラソルやテントの下で、静かに自分自身を守りながら、世界の喧騒から一歩引いてみる。それは、まるで小説や映画の物語の中で、登場人物たちがふとした瞬間に見つける満ち足りた安らぎのようだ。
これらの対策は、単なる物理的な手段にとどまらず、どこか哲学的な意味を持つ。予期せぬ暑さに対して、どう向き合うか。それは、わたしたちが人生にどう向き合うかと同じくらい、重要な選択なのかもしれない。
ゲリラ豪雨に遭遇した場合の考え方
ゲリラ豪雨。それは、都会の秩序を一瞬で破壊する無慈悲な自然の力だ。予告もなく、突然に降り始める。ビルの谷間を駆け抜ける風が、湿った空気を連れてくる。そして、あらゆるものを濡らす冷たい雨が降り注ぐ。その雨は、しばしば混乱と破壊をもたらす。
ゲリラ豪雨にメリットはあるのか?
「利点」を探すなら、それはわずかな希望だ。乾いたアスファルトが一瞬にして濡れ、街が新しい匂いに包まれる。乾燥した空気が一気に湿り、植物は一時的に息を吹き返す。水不足に悩む地域にとっては、この激しい雨が恵みとなるかもしれない。
ゲリラ豪雨のデメリットの確認
しかし、欠点は圧倒的だ。都市のインフラは脆弱で、この急激な変化に対応できない。地下鉄は浸水し、交通は混乱に陥る。何よりも、そこに生きる人々の生活が突然破壊される。たった数十分の雨が、人々の計画を崩壊させ、建物を傷つけ、時には命さえも奪う。ゲリラ豪雨が去った後に残るのは、ただの水浸しの街と、濡れたゴミの山だ。
ゲリラ豪雨と呼ばれるその雨は、都市の表面に張り付いた薄っぺらい秩序を剥ぎ取る。そして、冷たい現実を暴き出す。誰もが予測できない、制御不能な力。ゲリラ豪雨は、そうした人間の無力さを容赦なく突きつける現象なのだ。
手を挙げて横断歩道を渡る理由
俺はここにいる
東京。
赤く点灯した信号が一時、都市の喧騒をかき分ける。
俺は横断歩道に立っている。
信号が青に変わると俺は手を挙げる。
ただそれだけの行為が、全てを変える。
車の海を渡るためのこれ以上ないほどシンプルなサイン。
別の目的地を目指している不特定のドライバーたちに俺の存在を突きつける。
それは、無言の対話、意思の表示だ。
「俺はここにいる。」
「これから渡る。」
子供の頃に教わった基本動作が、今も生きる術となる。
見えないルールがここにある。
手を挙げることで、自分の道を切り開くのだ。
安全、それはこの混沌の中で守るべき最優先事項だ。
何事も起こらないということの価値の値打ちは計り知れない。
金融資産を育てることについて
60歳、資産総額の目標は6,000万円
マネーのことばかり考えていると、たまに面白いアイデアが浮かんでくることがある。
ここで私にとって資産の位置付けを明らかにしておくが、資産とは私以外のもうひとりのお金の稼ぎ手である。
だから人を育てるのと同じように大切に資産を育んでいく必要がある。
最初期の資産は、生まれたばかりの赤ちゃんのように明日の命もしれない限りなく儚い状態だ。
ここでどれだけ守りきることができるかが命運を分かる。
資産を築くための「タネ銭」はここで作られる。
幼少期(500万円〜)の子供が健やかに育っていくように資産も少しずつ育っていく。ただしまだ稼ぐ力はない。
高校生(1,500万円)くらいになるとアルバイトを始めるようにこの頃から稼ぐ力をつけるようになる。とはいえ引き続き育てていくことに変わりはない。
二十歳(2,000万円)を過ぎた頃からようやく少し稼ぎ出すようになる。
三十歳(3,000万円)くらいになるといよいよ稼ぎはじめる。ここでもまだ育てていくことをやめてはいけない。
そして私も資産も還暦(6,000万円)を迎える頃には、私は引退、資産は私の代わりに稼ぎ続けてくれる予定だ。
私の稼ぎよりも資産の稼ぎのほうが大きくなっているはずだからだ。
東京谷中古民家通りにて
ふるカフェ系のインフルエンサー来たる
谷中霊園は山手線の日暮里駅からすぐ近くだ。鶯谷駅のラブホテル街も目と鼻のさきゆえ、お墓越しにホテルのネオンがよく見える。
最近では外国人観光客が多く、彼らが墓場のなかを散策している光景をよく見かける。
春には桜並木が見れるが、ここ数年ソメイヨシノの具合が悪いのか、枝の伐採が進んでいる印象で、かつてのように空を覆いつくすような感じにはなっていない。これは近くにある都内随一の桜の名所である上野公園でも言えることだ。
桜もよいのだが、個人的には上野側に軒を連なる墓参用の花屋の建物群が見どころだと思う。
どの建物も個性的でいちいち造りの趣味がいい。
その中の一軒に重要文化財に指定された建物がある。
最近花屋にカフェが併設されたことで、ある人物の目に止まったらしい。
古カフェ系インフルエンサーのハルさんだ。
ほんとはNHKEテレの番組の人物なのだが、結構長く続いている隠れた人気番組だ。
内容はハルさん(もじゃもじゃ頭の二枚目)が、古民家カフェを訪ねて、建物を内覧して、食事して、カフェにいる人とお話しするということをひたすら繰り返すというものだが、このように毎回様式が定まっているという意味では、こちらも根強い人気がある「孤独のグルメ」にも通じている。
人は様式美(まんねり)に安心感を抱くのかもしれない。
私も様式美が嫌いじゃないので、この古カフェは毎週視聴していたわけだが、いつかくるかもと思っていたらほんとに来た。
放送後、店の前には早速「ハルさん」の看板が設置されていた。
これからこのカフェは激混みになるだろう。
すぐ近くにある谷中銀座もよくテレビで特集されているが、そのたびに何でもないお菓子や定食屋とかに行列ができている。
テレビの影響力はいまだに健在なのだ。
そういえば、谷中銀座あたりの「孤独のグルメ」に出ていた饅頭屋がまだあったはずだ。
ドラマでは、井之頭五郎(五郎)さんが手土産にしていた設定だった。
店の中には今よりだいぶ若い五郎さんの記念写真が飾ってあった。
ハルさんも五郎さんも、演じる役者が元気なうちは番組も続いていくだろう。
人気者ってつらいね。
近畿地方のある場所についてについて
お山にきませんか。かきもあります。
山手線のとある駅の改札を出ると、その広告があった。
ほぼ山並みの風景だけ。
そのなかにポツンとこんな言葉が書かれていた。
お山にきませんか。かきもあります。
一見して旅行の広告なのかなとも思ったが、それにしてもどこかおかしい。
まず風景の画像が荒い。
それに「かき」とは「牡蠣」なのか「柿」なのか、あるいはそれ以外のものをいっているのか不明だ。
通りすがりにちらっと見ただけなのにあの広告のビジュアルが妙に心に刺さっていた。
調べてみると小説の広告らしかった。
それもホラー小説だ。
なるほど。広告を見た時の違和感に納得した。
そして後日実際に読んでみた。
読後の感想は、著者に案内されて連れてこられたところが最終的にものすごくやばいところだったという感覚だった。
そして著者は最後にあるものを用意して読者を救いようのない気分にさせる。
本の裏表紙あたりに袋とじがそれなのだが、私がそれを開封した時にこう思った。
呪われる!
ただならなぬ恐怖を感じた私はすぐに本を手放した。
なので今はもう手元にない。
趣味としてのDJをはじめるにあたって
かつての趣味が再起動
きっかけはどこかのカフェで古いレコードプレーヤーが回っていたのを見た時だった。
かかっていた曲もよかった。
次の休日から中古オーディオ屋を見て回るようになった。
いい感じのやつがいくつもあって欲しくなった。
かつて保有していたレコードプレーヤーも大量のレコードもずっと前に売っぱらっていた。
そして思いだした。
レコードって面倒くさいんだった。
現状音楽を聞くだけだったらスマホ経由で十分になっていた。
レコードを再び所有する理由が消えかけていた。
Technics SL-1200が突然欲しくなる
それから数日後のこと、ネットで、Technics SL-1200という機種の特集を見かけた。
ターンテーブルと呼ばれるこの機種は、DJ用に改良が重ねられもう40年以上も売れ続けているという。
さらにDJ界隈ではTechnics SL-1200がデファクトスタンダードなのだとか。
DJ!
DJプレイができたら音楽を聞くこと以外の楽しさもありそうだ。
そしてなにより名品好きな私にとってTechnics SL-1200のブランドストーリーはかなりぶっ刺さった。
こうして私のレコードを再び所有する理由が復活した。
それ以来久しぶりに渋谷のレコ屋めぐりをしてみた。
すると試聴機としてTechnics SL-1200が結構おいてあることが多い。
レコード見るよりTechnics SL-1200見たりさわったりしてるほうが楽しかったりする。
とはいえターンテーブルだけではDJプレイはできない。
あとはミキサーとかスピーカーも必要なのだ。
まずミキサーは、Pioneerのやつがいいかなと思ったが実物見たらピンとこなかった。
実物だったらGeminiのミキサーのかわいらしさの方に私は好感が持てた。
そしてスピーカーは、YAMAHAでいこうと思う。実物も上品だったしコスパもいい。
最後にいつ買うかということなのだが、
Technics SL-1200は数年前に値上げして今は12万円もする。
だから少しでも安く買いたい。(中古では買わない派)
で、最近知ったのだが、渋谷のタワーレコードでは年に何回かTechnics SL-1200の20%offキャンペーン(しかも送料無料)をやっているそうなので、タワレコのXのアカウントをフォローしてその日を待つばかりだ。
なぜかしてない健康を保つシンプルな習慣
お風呂入ってる?
職場のメンバーが風邪を引いたという。
寒いから体が冷えたのだろう。
お風呂入ってあったまってって言ったら、いつもシャワーだけで済ませあるという。面倒くさいからだという。
風呂に入らないなんてありえない。
あまりにも私の理解を超えた解答だったため、そのあと私は、他のメンバーにも聞いてまわったほどだ。
風呂には入っているか?と。
一次解答はみんな「入ってる」だった。
しかしその人たちの言う「入ってる」はシャワーを浴びることを意味していた。
恐るべきことに毎日湯船に浸かるなんてことはしてないらしい。
むしろ毎日風呂に入っている私のことをセレブ扱いしだす始末だ。
いいかい、風邪っぴきのみなさん。よく聞ききな。毎日湯船にちゃぷんとつかりなよ。すぐに出たらだめ。たら〜っと汗が垂れてくるまで浸かってな。
そしたら風呂から上がってもポカポカ。
そのまま布団に入って寝たら風邪なんて滅多にひかないよ。
悪いことは言わない。毎日黙って湯船にゆっくり浸かろうぜ。
風邪ひきたくなきけどそれでも面倒くさいって?
わかった。
それじゃこれはどうだ。
80年代のころみたいにドリフの加藤茶氏によって週に1回リマインドしてもうってのは?