\この記事の内容/
2020年4月NHKのインタビュー番組より。フランスの経済学者ムッシュ・ジャック・アタリが語ったことを備忘録的にまとめ。
┃望ましくないシナリオ
── 10年前にパンデミックを予想したムッシュは、次の言葉から話し始めた。
「確率が低くてもそう言った声には耳を傾けるべきだし、リスクが高い時には行動を起こすべきだ。人生は短いのだから。」
Q. 世界経済への打撃はどのくらいありますか?
「1929年以降で最大の危機、2008年よりはるかに深刻だ。」
── 世界経済の損失はGDPで−20%に及ぶ可能性があり、それはアメリカがほとんど準備なしに危機的事態に突入していることと明らかに関係してきるという。
「各国の政府は金融、財政政策などできることはすべてやっている。がそれは結果の先延ばしにすぎない。」
── ムッシュ・アタリの言う「結果」とは、人々が集まるとことが予想される業種の損失は60%かそれ以上の影響を受けるということだ。具体的にはレストラン、ホテル、店舗、スタジアム、航空業界を挙げている。
Q. パンデミックの発生は何を意味していますか?
「今回のパンデミックが教えることは、衛生、社会の透明性、警告を世界で共有するルール作りの重要性だ。 今この危機を乗り越えることほど緊急の課題はない。次の2か月から3か月の間に私たちは世界を根底から変える壮大な社会的・政治的実験を行うことになるだろう。」
── もし国家がこの悲劇をコントロールできないと証明してしまったら、その場合ムッシュが心配していることは市場と民主主義という2つのメカニズムの崩壊だ。
Q.今後どんなことが起こると予想していますか?
「望ましくないシナリオを避けるには望ましくないシナリオを予想する方がよいと思う。世界的恐慌、失業、インフレ、ポピュリストによる政府の誕生、長期的暗黒時代の到来。さらに新しいテクノロジーを使って国民の監視を強める独裁主義の増加、経済、健康、民主主義への脅威もある。」
Q.望まないシナリオを引き起こす要因となるものは何が考えられますか?
「それは早く外出しすぎることだ。外出のタイミングを誤るとウィルスの第二波に遭遇して経済がさらに打撃を受ける。1918年に起きたスペイン風邪の時がそうだったように。」
── そして緊急事態は私たちの営みの大前提である民主主義に与えるインパクトも大きい。
「大衆は厳しい政策も支持することがある。安全か自由かの選択肢があれば人々は安全を選ぶ。第二次対戦時下の英国のように強い政府と民主主義が両立していたケースならそれでいい。」
── 緊急事には例え民主的な指導者であっても前例のない権力手にすることがあることを踏まえてパンデミックによる差別と分断に言及する。
Q.例えばチャーチル首相のようなリーダーがいない場合どうなりますか?
「連帯のルールが破られる危険性が極めて高い。つまり自国第一主義、経済的孤立主義が高まる危険性だ。」
── 実際に東欧ハンガリーでは緊急事態に乗じて首相の権限が拡大。権勢を振るっている。
「他の国に依存するべきではないというのは事実のひとつだが、私たちはもっとバランスのとれた連携を必要としている。」
Q.バランスのとれた連携とはどのようなものですか?
「パンデミックの危機に直面した今こそ“他者のために生きる“という人間の本質に立ち返らねばならない。協力は競争よりも価値があり人類はひとつであることを理解すべきだ。」
┃ポジティブに生きることの意味。
── インタビュー前半ではパンデミックによる「望ましくないシナリオ」を披露してみせたムッシュ・アタリ。後半では人類のサバイバルの鍵は他者のために生きる=利他主義だとして価値観の転換を提言。その理由に迫る。
Q. あなたの考える利他主義とは?利他主義によって何がもたらされるのですか?
「利他主義とは最も合理的で自己中心的な行動に他ならない。例えば自分を感染のリスクにさらさないため相手の感染を完全に防ぐ必要がある。利他的であることは引いては自分の利益になる。感染の心配がなく世界の国々が栄えていれば市場も拡大して長期的にみると国益につながる。」
──利他主義とは他者の利益のために全てを犠牲にすることではなく他者を守ることは即ち自分守ることであり、家族、コミュニティ、国、人類の利益につながるというわけだ。そして転換することは経済にも求められる。
「長期的に見るとこのままでは勝利を見込めない。経済を全く新しい方向に設定し直す必要がある。戦時中の経済では、企業は自動車生産を爆弾や戦車の生産に切り替えなければならない。今回も同じように移行するべきだ。」
Q.具体的にはどの方向に設定し直し移行すべきと考えていますか?
「生きるために必要なものの生産(医療機器、病院、住宅、水、良質な食糧)を長期的に行うべきだ。これから多くの産業では大規模な転換が求められるだろう。我々が長期的視点に立ち集中するべきは、生きるために本当に必要な「命の産業」(食料、医療、教育、文化、情報、研究、イノベーション、デジタル)に重点をおく経済である。」
──歴史を見ると人類は恐怖を感じる時のみ大きく進化する。良き方向に進むためには今の状況をうまく活かすしかない。良き方向とは利他的な経済やポジディブな社会への転換だとムッシュはいう。
「私たち全員が次の世代の利益を大切にする必要がありそれが鍵となる。誰もが親、消費者、労働者、慈善家、一般市民として次世代の利益となるよう行動をとることができれば、それが希望となるだろう。」
──ムッシュはポジティブと楽観の違いをこんなふうに表現した。最後に紹介しよう。
「ポジティブな人は自らゲームに参加してうまくプレーできれば勝てるぞと考える。楽観的な人は観客としてゲームを見ながら自分のチームが勝てそうだなと考える。」《おわり》